ちまちまのつれづれ

メインの猫日記はLoveLogにて。ここはそれの残りかす。
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たつもとちまき
愛知県でサムライをやっています。
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猫の話題は黒猫ヤマトと福猫日記へどうぞ。
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ゴールデンウィーク
…そんなもん、ないです。
お役所と休みの日を合わせているので、まるっきりカレンダーと同じです。
カレンダー通りと言う事は、今年は5連休になるはずだったのですが、ここの所、毎週土日はミッチリと研修が入ってしまっているので、…って事は3連休か…
1日は、mixiの方でOFF会があるので、そこに顔を出して、あとの2日は…部屋にこもって仕事かなぁ?

まぁ、自由業ですから「今日は休みだ」と宣言してしまえば、たとえ平日でも休みになるんですけどね。(でも、それはやらない)

今日は世間の半分は平日と言う事で、ラジオはいつも通りエロトーク爆裂でした(いいんかいなと思ったら、小学校は休みじゃなかったんだね)。
オマケに今日は、spamメールの文面を延々と朗読していたし。
この様にマスコミが平日シフトのままだと、何だかホッとしますね〜

author : たつもとちまき | その他 | comments(0) | trackbacks(0)
ルーツ
季節柄、戦中戦後の事について家族で語り合う機会がとても多いと思います。ちまき家でも、昨日はそんな話題で語り明かしました。

年金の研究するのに、少子化問題は避けて通れず、そっち方面を学ぶにはどうしたらいいかと思って深みにはまって行くと、そこには「家族論」と言う巨大な学問分野がある事を知りました。
で、その家族論の中で、これが良書だとサイトで紹介されていた本を図書館で借りて読んでみました。(他にもe-honで数冊注文したけど、一向に来る気配がないなぁ…)
賀茂美則著「家族革命前夜」と言う本なんですが…

ただ、この本、三世代家族と言うものは昔の日本になかった、と言う事をやたらと強調しています。昔は寿命が短かった(平気寿命が30〜40歳)から三世代同居するケースはごく稀だった、と言うのです。
この点にとても違和感を覚えてしまったので、母上にその疑問をぶつけてみました。
すると即答で「昔は三世代が当たり前だったよ」との事。「だって15歳で子供産むやん。30歳で孫がいるんだよ。三世代じゃん」う〜む、大先生の持論がいとも簡単に破られるとは…
30歳で孫持ちになると言う事は、孫と子が同時に産まれるなんて事も当たり前だったそうです。一緒に学校に通って来るのが姉妹ではなくて実は姪と伯母だったなんて事が、母上の同級生には何組もいたらしいです。

ただし、母上が子供の頃と言うのは、戦前はたくさん子供が産まれていたのに、その子供がなかなか死ななくなったものだから、やたら兄弟の多い大家族だらけになっていた時期になります。戦後、その兄弟達は家を継ぐ事が出来ずに長男以外は全員が独立して行きます。それで核家族がやたらと多くなって行ったみたいです。

で、ちまきが突然そんな事を質問したものだから、話題は必然的にちまき家の家系の話になります。

ちまきの母方の祖父(ちまきの曽祖父)は、婿養子として大きな家に入ったらしいです。しかし、そこでは子供に恵まれず、役立たずとして曽祖父は追い出されてしまいます。
次に曽祖父は、主人を亡くした大きな家に婿養子として入ったそうです。未亡人には子供がいて、曽祖父が種無しだと言う事で婿入りする事となったそうです。しかし、そこで何と、子供が出来てしまったそうで(しかも何人も)。
やがて嫁さんが亡くなってしまい、その家は前夫の長男が継ぐ事になります。すると邪魔になるのが、我が曽祖父とその子供達。まとめて全員が放り出されたそうです。ただ、子供抱えた状態で放り出すのも不憫だと言う事で、田んぼと家を分け与えられる事となりました。
それがちまき家の母方の家系の始まりでした。

大きな田んぼを持っているし、江戸時代の街道沿いに家があるし、昔っからの土着の小作農がルーツだとばかり思い込んでいたんですが、どうもそうではないらしい(と言うのを、今回初めて知った)。

母上曰く、母上の母方の家系は、よくわからんそうです。でも、その母上の母(ちまきの祖母)が、ちまきの祖父母連中の中で、一番の長生きでした。

ちまきの父方の家系となると、こっちはもうサッパリわかりません。(ちまきは現在片親なので)
ちまきの父の父(ちまきの祖父)は、富山の出で、若くして陶器の行商で全国を回り、やがて北海道に根付いて現在に至る、と言うのは何となく聞いていますが。

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停電
昨日の夕方、停電に見舞われました。

…最初のうちは、停電である事が理解出来なかった。
と言うのも、母上によると、スチーマー(500w)のスイッチを入れた途端に電気が切れたとの事なのに、ブレーカーが落ちていなかったのです。

家の状態を点検すると、電気が止まったのは1Fだけで、2Fは正常である事が判明。どう考えたって子ブレーカーが落ちた症状にしか思えない。
端子板を開けて、テスターを使って、どうしてそんな現象になっているのかを確認してみました。

家には3相で線が来ていて、そのうちの2本を使って単相を取り出し、分配しています。(単相3線式)
そのうちの1相が死んでいるではないですか。と言うわけで、その1相を使っている系統がお亡くなりになったと言う次第。
しかし、中電ブレーカーの家庭側でしか、測定する事が出来ません。電柱側でどうなっているのか、素人では調べ様がないです。
もしかしたら、屋内配線に重大な事故が発生したのかも知れないし、ブレーカーそのものが壊れたのかも知れない…
リスク回避のために、中電ブレーカーを落とす事にしました。これで、正常だった2Fも電気が使えません。

何にしても、責任分界点のどちら側に原因があるのかはっきりしないので、とりあえず近所の電気屋さんにSOSをしました。

念のため、両隣に停電していないか聞いてみると「してないよ〜」との返事。

時間は刻々と過ぎて行き、このまま夜に突入するかも知れないと言う予感がして、ろうそくを準備しました。
電気釜が使えないじゃないかと母上が言い出したので、冷凍ご飯を暖めようかと思ったら、電子レンジも使えない。だったら「ちまきが土鍋で炊いてやろう」と提案すると、即却下。すでにその時には、今日は外食で済まそうと腹が決まってしまったみたいです。
シャワーを浴びようと風呂場に行けば、水しか出て来ないので「何てこったい」給湯器も電気がなければ動きません。(後になって、風呂釜は電気がなくても動く事に気がつく)
テレビもつかないので、暇になった母上が新聞を広げたものの、薄暗くてよく読めない事に気がついてご立腹。もう、こう言う時はラジオしかありません。

そのうち、冷蔵庫の中身が心配になって来たので、リスク覚悟で2Fに通電し、その2Fからコードをズルズルとつないで、1Fの冷蔵庫だけを復旧させました。

やがて、電気屋…ではなくて、中電の人が来ました。何件か先の人が呼んだらしいです。
電気屋からも電話で「今から行きます」と言って来たので、どうも屋外に問題があるらしくて、中電の人が来たので、来るには及ばない事を伝えました。

中電の人曰く、電柱の上にあるヒューズ(?)が飛んだとの事でした。それで1相だけ死んだのね。機器交換するのに、1時間ほどを要しました。
ちなみに、配線の塩梅で、停電したのは1件置きだったそうです。(どうりて、両隣が停電してなかったわけだ)

ギリギリ夜までには間に合い、無事に復旧しました。停電から復旧まで3時間強だったため、家中の家電がリセットされて、点滅してました。

中電の人の説明では、機器が古くて劣化して、飛んでしまったので、他の2系統もいずれ飛ぶ日が来るかも知れない、との事でした。

ちまきがガキんちょの頃は、停電は珍しい事ではなかったんですが、いつしか電気は止まらないのが当たり前になっていました。
でも、忘れた頃にこう言う事ってあるんですねぇ。
しかも、この町が出来てから、そろそろ30年なので、機器の劣化による停電ってのも、今後増えるかも知れません。

昨日はちょうど、ライトダウンの日だったので、ちまき家では「きっとそのイベントに合わせて停電したのだろう」と言う結論に落ち着きました。

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JUGEMの皆さま、はじめまして
Lycos日記→楽天広場→JUGEMと渡って来ました。
よろしくお願いしますm(_ _)m

この半月ほど、DIONラブログのテストを兼ねて、楽天広場での書込をDIONにミラーさせていましたが、今日のこの書込をもって、楽天から撤退、DIONを猫日記用に明け渡し、JUGEMへの移転完了とします。
(この書込がJUGEMでの初書込です)

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追記>年末年始・宗教世界一周
「あまみの黒うさぎ」は大間違いでしたね。正しくは「稲葉の白うさぎ」でした(▼▼メ)
 この辺のいい加減さが、私自身もバッチリ今どきの日本人だなぁ、と思ってしまった。

 それから、神道の本も、捜せばちゃんとあるもんなんだね。
古事記ものがたり
 さすがはインターネット。ただ、取次が取りあってくれないので自主流通だってのが、日本にはこの手の本がいかに少ないかを物語っているかも知れない。
 この本を読んで、鶴の恩返しも浦島太郎も、神道の話だなんて、初めて知りました。

 聖書もお経も読んだし、今回無事に古事記も読めたし、これで残るはコーランなのかなと思ったけど、所で、コーランの日本語訳ってどうやって入手すればいいんだ?

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年末年始・宗教世界一周
 日本人の無節操さは、取り立てて語らなくても皆が自覚している事だけれども、この年末の1週間で世界のあらかたの宗教を総なめにしてしまうのは、世界広しと言えども、多分日本だけだろう。
 クリスマスのキリスト教はもちろんの事、除夜の鐘で仏教を、初詣で神道を、お年玉で儒教を体験してしまうわけである。
 お暇な時に、それぞれの宗教や行事の由来について調べてみるといいだろう。自分達がやっている事が「おお、そう言う事だったのか」と思える様になり、ひいてはそれが国際理解へとつながり、世界を平和にまとめるのは日本の役目なんだと言う事も自覚できる様になる。そう、日本人とはそう言う役目を担った民族なのだ。そう考えると、この国に平和憲法があると言う事も、至極納得出来てしまう。
 一説によると、遠い将来、地球を捨てて他の星へと移民する事になった人類の、その宇宙船の船長になれるのは日本人だけだと言う事らしい。それは、あらゆる宗教をも理解できると言う事で、あらゆる国の民族から人望を集める事ができる唯一の民族が日本人と言う事なのだそうだ。

 逆に言うと、自分本来の宗教についての意識すらあいまいだからこそ、他の宗教をも許容してしまうと言う事でもあるみたい。どの行事を取っても、宗教的には深みが全くなくてちゃらんぽらんなのだ。
 日本人古来の宗教と言えば、そりゃ神道でしょう。別にこの日記をもって神道を強制するわけじゃないけど、この国はそう言う国だったんだと言う事は思い出しておいて欲しい所だ。ただ、神道を学ぼうと思うと、専門の学校へ行かなければ全く学ぶ事ができないと言うのは、困ったもんで、私も少々興味があって神道の本を読みたいと思って捜してみたが、全くと言っていいほど読み物が流通していないのだ。神道の話となると、天の岩戸だの、あまみの黒うさぎだの、ヤマタノオロチだの、おなじみのお話が多いんだけど、それをまとめて読みたいと思っても、そう言うのって全然ないんだよね。
 初詣をする時は、そこの社には何と言う名の神様がいるのかをちょっと意識してみると面白いよ。神社の入口には大抵、由来を書いた看板が立っているもんです。

 で、キリスト教に仏教、儒教に神道と来て、世界一周と言うには何かが足りないのにお気づきだろうか? そう、ヒンドゥ教とイスラム教がないんだよね。
 でも、日本人は正月になると、なぜかカレーを食べるよね。だからヒンドゥ教もイスラム教もカレーでカバーできている…←こんな事を平気で考えちゃう辺りが、日本人の宗教観に深みが全然ない証拠かな?

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忠臣蔵300年ではない! 吉良翁の300回忌なのだ。
 今年が討ち入りから300年で、何でも「忠臣蔵」が国民の間で一番親しまれている物語なのだそうで、NHKや民放なんかで大々的に特集が組まれていたりしている。
 私としては、この「国民の間で一番親しまれている物語」だと言う事に、異議を唱えたいと常々思っていた。しかし、私の方が間違っていたのだと言う事を、つい数年前に知る事となる。
 当地名古屋では、忠臣蔵への注目度がそれほど高くはない。むしろ低いと言っても言い過ぎではない。私は、ずっと名古屋で育って暮らして来たので、それが名古屋の地方性から来るものだとは全然気がついていなかったのである。

 タネを明かせば、こうだ。名古屋近郊に吉良町と言う町がある。そこが吉良翁の領地だったって事だ。
 名古屋中がアンチ忠臣蔵と言う雰囲気がある訳ではない。全く盛り上がらないだけだ。むしろアンチであれば、私もこれが名古屋の地方性故の事だと早くから気がついていたものを。
 自分の県が吉良翁の地元だと知ったのが、つい数年前だった。最近になるまでは、ローカルのテレビで流れる事もなかったと言う事だろう。クローズアップされる様になったのは、近年なのだ。それが300回忌が近かったからかと言うと、そうでもないので、なぜ最近になって取り上げられる様になったのかが、はっきり言ってよくわからない。
 ことジャイアンツに対してはあんなにムキになってアンチであるこの土地柄で、どうして忠臣蔵に対してアンチな立場を取らなかったのか、そこの所も正直言ってよくわからない。国民的に親しまれている物語だから、遠慮していたと言う事なのだろうか?

 当地の皆は、アンチではなくても、忠臣蔵には親しみは持ってはいない様だ。浅野内匠や大石内蔵助に感情移入するなんてとんでもなく、この二人に同情的ですらない。むしろ浅野内匠など「自業自得な」と、皆がそう思っていたりする。この感覚が、県外の人とどれだけずれているかが、私にはよくわからないのが悔しいのだが。

 忠臣蔵は史実であっても、物語として語り継がれて来て、かなり脚色されて来た。そのため史実がどうだったかもよくわからず、専門の研究者達が研究している、と言うのも聞いた事がある。
 物語として都合がいい様に、吉良翁は目茶苦茶な悪人になってしまったのが悲しい。そりゃ、勧善懲悪な物語の方が理解が簡単でスカッとするけどね。
 当地では、吉良翁は大変な名君だったと伝えられている。領民の事を心底大切に思い、がんばって来た殿様だった、と。どうやったら皆が豊かになれるか考えて、塩田を作る事を思いついたのまではいいけれど、いくらがんばっても赤穂の塩にシェアを阻まれてしまっていた。だから、何かと吉良と赤穂は犬猿の仲になって行ったらしい。その日もきっと、塩のシェア配分について話している内に、ののしり合いになったのだろう。激高した浅野内匠が刀を抜いてしまったと言う事だ。
 これが史実なのかどうかは知らないが、少なくともわが県ではそう信じられている。 今日は、所代われば常識も代わる、と言うお話でした。

 これだけ常識が違うと、「今のこのご時世だからこそ、忠臣蔵的な心が求められているのだ」とさんざん盛り上げられると、かえって白けてしまう。だからどうしたと反論したくなる。

 今年の討ち入りの日、吉良町では、殺されてしまった吉良翁と家来達の300回忌の法要がしめやかに行われ、それがその日のローカルニュースで流れた。もちろんローカルな局では、四十七士の話題なんかひと言も流れなかったのは言うまでもない。

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はじめましてのにっき
 いつもはこちらで日記を書いている たつもとちまき です。

 あちらの日記は、ペット専門の日記帳なのら。
 でも、日記を日々つらつらと書いていると、ペットじゃない話題も色々書いてみたくなる。ってな事で、Lycos様には申し訳ないけど、ふたつ目のアカウントを取らせていただきました。
(白状すると3つ目だったりする(▼▼メ) 最初に取得したアカウントはすぐに削除してしまった。こうして登録できないアカウント名とニックネームが日々増えて行くのね(T-T)

 そんなわけでございますから、ちまちまとつれづれして行きたいと思います。

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